2018-04-01から1ヶ月間の記事一覧

通勤列車連載15

例えば、バーカウンターに並べられた色とりどりのアルコールの瓶を、少しずつ削って硝子と液体の中間のような小さな光の球にする。それを頭上のランプから垂らして、一つずつ音をつけてゆくように、トロイメライは静かに店内を漂っていた。それらは色の白い…

通勤列車連載14

幸い、彼らの他には壁際のテーブル席に若い男女がいるだけだった。まだ学生の気配が残って、2.3日徹夜しても肌のキメ一つ乱れないだろう。羨ましいな、雪は思った。マイノリティ同士の恋愛の多くが、男女間のそれよりシビアに美しさが求められる風潮があるか…

通勤列車連載13

二人はー moment ーに降りて行った。ウッド調でオレンジのランプは最低限に絞ってあり、その他の灯りはカウンター背後のアルコール棚だけ。棚には一面色とりどりの酒瓶が並び、その背面に煩くない電球が仕込んであるので、瓶の色味がゆらゆら光って床に影を…

通勤列車連載12

伏し目がちの瞳を左へ流すと、黒地にブルーの飾り文字で、ー moment ーと描かれた看板があった。内側から発光していて、文字だけ青く浮き出している。お店は地下にあるらしく、傾斜の急な階段が薄暗く下へ続いている。雪はその中腹にいた。襟の大きい黒シャ…

通勤列車連載11

直弥は酔いどれた先輩に付き合って、初めて二丁目を歩いていた。手近なバーで酒を引っ掛け、小一時間すると先輩が30回目の同じ不満を垂れ始めた。うんざりしながら目を覗き込むと、もう焦点が合っていない。半分白目でくだを巻き、恐らく手遅れだろう出世街…

通勤列車連載10

雪は女の子が好きだ。柔らかくって守ってあげたい。けども雪の心の中の、一番深くて暗いところに、今も両親の言葉がある。「なんで男を好きにならんね!!」東北訛りでドラ低い声の、父の言葉が今も消せない。この街で男に抱かれたら、(その人がたとえ性別に…

通勤列車連載9

雪は直弥の部屋にいた。彼女が2丁目にいる理由は、男と出会えるかもしれないからだ。身体以外は生まれた時から男だったし、女の子が好きでレズビアンと形容される。その外見は中性的で色素が薄く首が長い。女性に好まれる顔立ちだったが、男性を探しにこの街…

通勤列車連載8

そのころ葵は、縁側で夕陽に濡れていた。さっきまで新宿2丁目をうろうろしていて、雪さんに会えなかったので、諦めて帰ってきたのである。あの街は男のものだと思われがちだが、実はレズビアンのお店もあって、雪さんはそこのスタッフだった。白い肌に明るい…

道の駅短編2「東京マラソン備忘録」

5ヶ月前に社命で出場することになった人生初のフルマラソン。ウェア一式は買い揃えたが、やる気がないものは一切やらない偏食の25歳女子。かろうじで有ったダイエット目当てのモチベーションも、一回ハーフを走っただけで踝下に水がたまり、イタイしツライし…

通勤列車連載7

たとえば指先、君の腰骨。物事に命は宿るのに、命の説明は物事ではできない。ややこしい世界に生きている。魅力的だ。明日も会いたい。彼はすっかり乗り過ごした。人波に押されて彼女は降りた。品川だった。小一時間ほど遅れたせいで、職場ではガミガミ怒ら…

通勤列車連載6

どうしよう、と僕は思った。人の意識の届かぬところで、僕は君に触れていたし、そこに抵抗の余地はなくて、受け入れるしこ術のない君は君は腹の底から怒っていた。まるで万有引力のように、二人は引き合って生きていた。重力に逆らって立っているには、互い…