通勤列車連載13

   二人はー moment ーに降りて行った。ウッド調でオレンジのランプは最低限に絞ってあり、その他の灯りはカウンター背後のアルコール棚だけ。棚には一面色とりどりの酒瓶が並び、その背面に煩くない電球が仕込んであるので、瓶の色味がゆらゆら光って床に影を落としている。50代後半のマスターが、目だけで雪に会釈した。気心知れた仲のようだ。

   雪の後ろで、初心者丸出しの直弥が言った。「俺、さっき飲んじゃったんだよ。くされ上司に付き合って。だから正直あんまり飲めない」。「使えないなあ」雪は言った。「そんなんで僕の愚痴を聞こうと思ったの。間が持たないよ、軽く2.3時間は喋れる。その間一杯しか飲まないなんて、マスター泣くよ、それとも何、ここじゃなくてどこか他の部屋に行きたい?」一気に挑発的に話す雪に、あっけらかんと直弥は言った。「ここでいいよ、いずれ酔いも覚める。君の話しが聞きたい」。