通勤列車連載8

そのころ葵は、縁側で夕陽に濡れていた。さっきまで新宿2丁目をうろうろしていて、雪さんに会えなかったので、諦めて帰ってきたのである。あの街は男のものだと思われがちだが、実はレズビアンのお店もあって、雪さんはそこのスタッフだった。白い肌に明るい瞳で、細い首筋に大きな肩幅、胸のない上半身はタイトなシャツがよく似合う。がに股気味に歩くけれど、足がスラリと長いので、品良く中性的な外見だった。だけど一番すてきなのは、首筋とワイシャツの間から、内面と外見の間みたいなところから、見えない媚薬がひらひら流れて色気が程よいところだった。葵は雪さんのお店に行く時、黄色いときめきと折りたたんだ罪悪感を、二つの小さな耳たぶに入れて、上からイヤリングで蓋をする。だから最近耳飾りだけは、妥協しないで良いものを買うのだ。